人生を貫くラガーの資質
OB 大六野耕作インタビュー
筑紫丘高校ラグビーがくれた人生の宝物
24回卒 大六野 耕作
(明治大学名誉教授・前学長・体育会ラグビー部元部長)
※写真向かって右側が著者

ラグビーを始めた時期・きっかけは?
ラグビーを始めたのは高校からです。まだラグビースクールも一般的ではありませんでした。
筑紫丘中学時代は軟式テニス部所属していて高校ではもう少しハードなスポーツを探していました。
先に入部していた同級生の誘いで練習見学に。先輩たちから「君は即戦力だ」とか煽られ、同級生も一緒にやろうと。
ところが、入部してみたら入部を勧めた当の本人が居なかったです。後から聞いたら、彼が辞めるための身代わりだったのだそうです(笑)。それだけメンバー不足だったんですね。3年生を入れても20人ぐらい。
高校時代一番の思い出は?
夏合宿、修学旅行ですね。夏合宿は校内。教室(学館?)に寝泊まりして、食事は丘の下の郵便局の食堂で。
ランパス10往復、移動スクラムでクタクタ。給水はなんと2回だけ。しかも、「血が薄くなる」とかいう理由で塩を入れた氷水でした。
そのお陰(笑)か、東福岡には負けたことがない。
驚きでしょう! 70点は取った(東が強化を始める前でした)。
もう一つは、高校2年生の時(1970年)の春に行われた7泊8日の就学旅行。大阪万博→京都→富士急ハイランド→東京→日光。ところが、九州大会の県予選と重なった。そこで、2年生だけで集まって修学旅行前の試合を意図的に負けて修学旅行に行く密議を(笑)。
でも、試合となれば、結局は大勝ちして修学旅行に出かける同級生たちを博多駅に見送りました。
卒業して、改めてラグビーへの思いは?
ラグビーは身体をぶつけ痛みを共有しながら行うスポーツであるためか、チームのメンバー同士、チームを超えた選手同士の関係が密だと思います。
私は高校を卒業して以来50年間、福岡からも筑紫丘ラグビー部からも離れていますが、筑高(ヶ丘)のラグビー部のことはいつも気になっています。
東京の(ヶ丘)ラグビー部同窓会で集まれば、すぐに昔の青年時代に戻ります。
明治大学では13年間に渡ってラグビー部長を務めましたが、何とか筑紫丘から選手が来てくれないものかと願っていました。
何十年かぶりに吉岡汰我(2019年入学)、渡邊元隆(2020年入学)の二人が明治大学ラグビー部に来てくれた時は本当に嬉しかった。
“あなた”へのメッセージ
筑紫丘ラグビー部在籍の皆さん、そして、これから筑紫丘高校に入学する学生・その保護者の皆さんに是非伝えておきたいことがございます。それは、ラグビー部での厳しい練習やラグビー競技を通じて育んできたラガーとしての資質(4C:Communication:コミュニケーション能力; Confidence:信頼; Commitment:献身; Consistency:一貫性)は、どんな国においても、社会のどんな分野においても一番必要とされる資質です。
私の一期下の福島登志夫さんは、ラグビー部に在籍しながら東京大学に合格。国立天文台の天文情報センター長、副台長、教授などを歴任しています。
このほかにも、ビジネスマン、行政官、研究者、医師、法律家等々として活躍しておられるラグビー部OB・OGの方はたくさんおられます。
是非、皆さんも筑紫丘高校ラグビー部を通じて世界でも通用する力を育んでいただくことを心より祈念いたします。 お時間があれば、こちらもご覧いただければ幸いです。↓↓↓
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